Vol.4『裏切りのリング』観劇レポート
──引き寄せられる隕石、そして引き留められる人々。

アトリエ三軒茶屋Vol.4『裏切りのリング』は、世田谷の雑居ビルに道場を構える「環七プロレス」を描く物語です。そこに所属する数人のレスラーたち、そして彼らを束ねる会長の何気ない日常は、唐突な「裏切り」によって崩れ始めます。

冒頭、リングに登場したのはかまた(演:かませけんた)杉山(演:杉井孝光)。先輩であるかまたに、杉山は恐る恐る「プロレスを辞めたい」と告げます。憧れていたプロレスの世界に入ったものの、理想と現実のギャップに打ちのめされて道場を去りたいと考えている杉山は「こんなメガネ似合うプロレスラーいないんですよ」と、悲痛な表情で呟きます。かまたは「とりあえず呑みに行こう」と誘うも、「そういうのが嫌なんですよ!」と断られてしまい……呑まないならなんで俺に声かけたんだよ、とぼやく姿が可愛かったですね。シラフで相談するなら俺じゃないだろ、ぐらいに思っているんでしょうか。

そして、どうやら「土方さん」というレスラーが道場に現れないらしく……「辞めたんじゃないか」と予想する二人。そこへ現れたのが、環七プロレスのエース・ブンゴ(演:岡山誠)。洋画の吹き替えみたいな良い声でしたね。やっぱり、声が良いと強そうに見えます。次に現れたのは岩田(演:いわいゆうき)。プロレスラーでありながら、マネージャー的な事務周りの仕事も一手に引き受けているようです。

そんな岩田のもとへ、一通のメールが届きます。差出人は土方さん。岩田さんが内容を確認し……なかなか読み終わらない。「65歳の人のメールって長いですね」と杉山。年齢の問題か……?この作品、こういう少しピントのズレた台詞がいちいち面白かったです。結局、土方さんは道場をやめてしまったようです。そんなこと会長に言えないぞ……と慌てるレスラーたち。

この振りもあって、初登場時の会長(演:政岡泰志)はめっちゃ怖いです。話が通じなさそう……というか、どのタイミングでキレるのかわからないタイプの怖さを感じさせます。余談ですが、会長は「ロープをくぐってリングをくぐる」という表現が段違いに上手かったです。あ、これリングなのか!とはっきりわかったのは会長のおかげでしたね。

そのあと、杉山、土方さんに続き「ブンゴも環七プロレスをやめようと考えている」ことが発覚します。みんなやめるじゃん!!とはいえ、ブンゴはプロレスそのものをやめるわけではありません。なんと、新日本プロレスに移籍するのだそう。アントニオ猪木が設立した、名門プロレス団体ですね。レスラーのキャリアとしては成功ルートですが……会長は引き留めます。

もちろん、環七プロレスとしては惜しいのもわかるけど……くらいに思っていたのですが、どうも会長の動機はそこではなさそうだ、ということがわかってきます。のちのちの話を先取りしますが、彼はただ「みんなとプロレスがやりたい」だけなんですよね。このあと、どさくさに紛れて「土方さんやめました」と会長に報告が上がります。そのときは完全にスルーされるんですが、いったんはけたあとに戻ってきて「土方さんやめたの?」と聞く会長。ここも間の使い方が良くて……この辺りから、ドタバタコメディが加速してゆきます。

特に良かったのは、杉山が「なぜプロレスをやめたいのか」を語るパート。とにかく非合理的な文化ばっかりだし、レスラーたちがそれを受け入れてるのも怖い、と。「とりあえずやってみろ!」なんて意味不明だ!という最もな主張を展開する杉山ですが、環七プロレスの面々には伝わらない。きちんと説明してくださいよ!と求める杉山に「きちんと説明できたら俺たち体育の先生やってるよ……」と、困ったように答えるかまたとのやり取りが最高でした。

最後に登場するのは、かまたの恋人・春子(演:一丸さくら)。彼女のお腹には、かまたの子供が。2人の家族のため、かまたもプロレスラーを引退したいと会長に告げます。ついでに、岩田さんが環七プロレスの金をちょろまかしていたことが発覚……非合理的な慣習に耐えられない!と訴える若手、結婚を機に職場を変えようとする中堅、引き抜かれるエース、信頼していた右腕の裏切り……そんな話が怒涛の勢いでやってくるわけですから、会長の心労、察するにあまりあります。

この話は「職場もの」なんですよね。プロレス道場という少し特殊な場に限らず、どこの組織でも起こっているようなことが描かれている。だからこそ、誰もが感情移入して楽しめる喜劇として成立しています。入社したばかりの頃に杉山のような違和感を抱くことはあるし、かまたのように人生設計を考えて転職を考えることはあるでしょう。職場の金をちょろまかすことは、なかなか無いと思いますが……とはいえ、やらかした大失敗を言わずに隠し続ける……というのはあるかもしれません。

一人一人の事情を聞き終え、レスラーたちが環七プロレスを去ることを受け入れた会長。ブンゴには「新日に行っても頑張れ」と、かまたには「春子さんと幸せにな」と、岩田と春子にも一言かけ、杉山には「お前はあれだよ、予備校とか行った方が良いよ」と本気とも冗談ともつかないアドバイスします。感涙するレスラーたちに向かって、会長は唐突に「エアコンの調子が悪いから見てくれないか」と言い出します。

言われた通り、エアコンを見るべく事務所へ入っていくレスラーたち。すると会長は事務所に外から鍵をかけ、彼らを監禁してしまいます。そして一言。「これからどうしよう……」「知らない」と笑顔で答える春子さん。彼女は環七プロレスの人間ではありませんが、脇役に収まらない存在感があります。声が際立って通ることもありますし、彼女がいることで物語が動く場面が比較的多いんですよね。

ここからしばらく、事務所に閉じ込められたレスラーたちと会長の、壁を隔てたやり取りが始まります。ここ、壁の向こうから聞こえるレスラーたちのセリフがちゃんと全て聞こえるのですごかったですね。笑えるシーンなので、当然観客も常に静かというわけではないのですが、それでもストレスなくやり取りに耳を傾けることができた、というのは演出と稽古の妙という感じがします。

観客も、話す相手(会長)も見えない状態でやり取りを続けるというのは想像以上に難しいのではないでしょうか。こなしていたレスラー陣と、これで成立させることができる!と踏んだ演出に感服です。

さて、会長はレスラーたちを監禁した上、ドアの隙間に梱包テープを貼っているんですよね。だんだん空気が薄くなっていく事務所内。「空気が欲しかったら面白いことをする、当たり前のことだ」と会長。ここ、意味不明な理屈と会長の平然とした言い方でめちゃくちゃ面白かったです。

面白いことをしろ、と言われたレスラーたちが順に一発ネタのようなことをやっていくパート、どうもアドリブだったっぽいですね。あとで岩田が「本番前から、このパートのことばっかり考えちゃって……」と唐突なアドリブをかまし、会長に怒られていました。とはいえ、あのくだり最高でしたよ!

「会長なら1人でもプロレスできますよ!」という誰かの一言がきっかけとなり、会長vs椅子の試合が始まります。会長vs椅子……?春子の実況によって、閉じ込められている面々にも試合の様子が伝えられます。「会長、椅子と闘ってるらしいぞ」「見たいなぁ」というような会話がありましたね。そりゃ見たいよ。試合は会長の勝利に終わり、少し真剣な雰囲気に変わってゆきます。

会長はみんなにやめて欲しくない。けれども、みんなの意志は変えられない。春子さん曰く、会長は「囚われている」んですよね。そこから解放されても良いんじゃない?と語りかける春子。そうして、会長は環七プロレスの面々が新たなステージに旅立つことを受け入れる……というハッピーエンドかと思いきや、そうではありません。

最終盤、環七プロレスのもとに「全国各地に隕石が墜落している」というニュースが飛び込んで来ます。だから、道場の外に出ることはできない。外の世界はもう崩壊しているんです。それを聞いた会長が「じゃあ、プロレスをやろう」と笑います。それを聞いた他の面々は、困惑したような表情を浮かべて閉幕……。

え!?

とはいえ、この展開は決して唐突というわけでもありません。というのも、環七プロレスからの脱退をめぐるドタバタコメディが進むなか、たびたび「外で何か異変が起きている」ことを示唆するシリアスな描写が挟まれていくんですよね。たとえば、まだ13時にも関わらず道場の外が真っ暗、治安が良いはずの三軒茶屋で5人組の痴漢が現れる、そして街のランドマークであるキャロットタワーはへし折れ、国道246号線を暴徒が埋め尽くしている……そして、ラストの隕石。しかし「それは結局、何だったのか」という説明が明確になされることはなく、この舞台は終わっていきます。

さて、これをどう理解すべきなのでしょうか。外で起きている異変は何なのか。会長は、なぜ「じゃあプロレスをやろう」と能天気な発言をしたのか。それを考える前に、いったん今作における「ある構造」を整理しておきたいと思います。

『裏切りのリング』には、二つの「内部-外部」が存在します。一つ目は、環七プロレスの「内部」にいた団員たちが、その「外部」へ出ていこうとする、というストーリーそのもの。そして、まさに会長やレスラーたちが会話を繰り広げている、環七プロレスの道場という「内部」と、なにやら異変が起きているらしい道場の「外部」です。二つの「内部-外部」は、無関係に見えて実のところ強い繋がりがあるのではないでしょうか。

その二つを繋げるのは、会長が繰り返すある台詞です。レスラーたちを環七プロレスに残留させようと説得し、失敗した際に告げる「俺が引き留めたことの重さを覚えておけよ」というような。会長がこの台詞を発するのは、誰かを「引(き留める)力」が及ばなかったときです。そして本作には、これとよく似た力が別のかたちで登場します。

隕石です。隕石がなぜ宇宙から落ちてくるのか?といえば「隕石が地球の重力に引き寄せられ(引力)て、落ちてくる」から。今作には「引き留めた重さ」と「引力と重力」という、似た要素がまったく別の意味で登場しているのです。

時系列を振り返りましょう。道場の「内部」では、団員たちが一人ずつ環七プロレスから出ていくことを決め、それを会長に伝えてゆきます。そして、会長は団員たちを説得し、引き留めようとする。そして道場の「外部」では少しずつ異変が生じ、最後には各所に隕石が落下し、社会が崩壊してしまう。つまり、この物語においてはずっと「会長が団員が引き留め、地球は隕石を引き寄せる」という状況が進行しているのです。

ただし、これは「会長が「隕石を地球に引き寄せる力」を持っており、その特殊能力を使って団員たちが残留せざるを得ない状況を作り出そうとした」という、陰謀論めいた設定の示唆ではありません。少なくとも、会長が能力者であるという設定はなされていないでしょう。けれども、この物語の脚本・演出のレベルにおいては「会長が引き留める力を行使すること」と「隕石が地球に引き寄せられること」が、確かに重ねられているのではないでしょうか。そして、その結果として「外部」に出ていこうとした人々は、その試みに失敗し「内部」に留まらざるを得なくなってしまう。そして、それは会長にとって(だけ)のハッピーエンドなのだろう、という気がします。

ただし、「内部-外部」の構造はいま挙げた2つだえではありません。会長が「空調が不具合を起こしている」と嘘をつき、団員たちを事務所に閉じ込めたシーンを思い出してみましょう。ここでもやはり、事務所の「内部」と、会長がいる「外部」が隔てられ、会長によって団員たちが「内部」に閉じ込められてしまっています。また、ヒロインである春子も「外部」へ出ていくことができないキャラクターです。彼女は南千住に用事があり、なんども道場の「内部」から出ていこうとします。そして、そのたびに何らかの理由で断念し、戻ってくる。

本作では「内部-外部」という構造と、「内部」に閉じ込められたものが「外部」に出ることはできないというモチーフが反復されているのです。そして、その中心には会長の「みんなとずっと、楽しく一緒にプロレスをしていたい」という夢がある。

そんなことを考えているうちに、ある映画を思い出しました。押井守の名作『うる星やつら2 ビューティフルドリーマー』です。この映画の主人公・あたるたちは「学園祭の前日」を控えています。明日の本番に向け、仲間たちとドタバタと忙しなくも楽しい一日を過ごす彼ら。けれども、何かがおかしい。もしかして、オレたちは「学園祭の前日」を何度も何度もループしているんじゃないだろうか……?あたるたちは、少しずつ違和感を覚え始めます。

「これは、あくまで仮説でして……私のボケた頭が生み出した夢想なら、無論それに越したことはないんですが……私はこう思っとるんです。昨日も一昨日も、いやそれ以前から、ずーっとずーっと以前から、気の遠くなるくらい前から……私ら、学園祭前日という同じ一日の同じドタバタを繰り返しとるんじゃなかろうかと。そして明日も…….」

『うる星やつら2 ビューティフルドリーマー』(1978年)

そして、その仮説は大当たりでした。一連の黒幕は、他人の夢を叶えることができる妖怪・無邪鬼。あたるたちは、彼が作り出した夢の世界の「内部」に閉じ込められていたのでした。しかし、それは夢邪鬼自身の夢ではありません。物語のヒロイン・ラムの夢です。

「ウチ、ダーリンが好きなんだもん。ダーリンと、お母様やお父様やテンちゃんや、終太郎やメガネさんたちと、ずーっとずーっと、楽しく暮らしていきたいっちゃ。それが、ウチの夢だっちゃ」

同上

会長もまた、ラムと同じ夢を見ています。岩田にブンゴ、かまたや杉山たちと、ずーっとずーっと、楽しくプロレスをやっていきたい……繰り返し繰り返し、環を描くようにぐるぐると。それが会長の夢です。新しい道を選び、人生を前へ進めようとするレスラーたちを邪魔してまで「共に停滞していてくれ」と望む会長の態度は、たしかに「子供みたいなことやめましょうよ」と嗜められるべきなのかもしれません。

けれども、彼の夢に共感する人は多いでしょう。たとえば、こういう演劇人はいないでしょうか?

学生時代の先輩が立ち上げた劇団に所属し、いまも当時と変わらないテンションで演劇をやっている。けれども、学生やフリーターだった仲間たちは、だんだんと自由な時間を取れなくなっていく。演劇を辞める者も、家庭を作る者もいる。もしフルタイムの社会人になれば、稽古時間を確保するにも一苦労です。つい「みんな、全部やめてまた一緒に演劇やろうよ」と言いたくなります。けれども、そんなことを言えるわけもない。けれども、ときどき冗談で「〇〇が仕事やめたら(この公演)できるね」と言ってみたり。……覚えがあるひとも、多いのではないでしょうか。

ずっと、みんなと楽しくやっていきたい……外の世界なんて、どうでも良いじゃないか。こうして仲良く、一緒に幸福な停滞を続けることができたら。そんな願望を、馬鹿馬鹿しい夢だと笑うことは簡単です。けれども──少なくとも自分は──そんな大人びた割り切りよりも、夢から覚めることを拒む子供じみた孤独に共感してやみません。